かなり更新が遅くなりましたが…
令和1年11月11日
3206gの男の子を出産しました。
11/9にブログを書いた直後から前駆陣痛が始まりました。
陣痛アプリを使って時間を測ってみたものの、なかなか安定せず。
念のため病院に電話しましたが、やはり間隔が長くばらつきがあるので、もう少し自宅で様子をみるように、とのこと。
その後なかなか痛みの間隔が狭まらず、ほぼ丸一日耐えました。
10日はテレビで天皇陛下即位パレードを見ながら、「今日産まれたら幸先良さそうだね。」と夫と話していましたが、その日に産まれることはありませんでした。
そして10日の夜中。
少し間隔が狭まり、痛みが強まったのを感じたため病院へ。
内診の結果、子宮の出口が薄いので、朝には産まれそうとのこと。
また、少量だったため全く気づかなかったのですが、破水をしていたみたいで、そのまま入院となりました。
陣痛室で朝までの長い時間を過ごしました。
夜中の間は思っていたほど陣痛が進行せず。
私は陣痛の合間にウトウト。
夫は寝る場所がなく、椅子や床に寝転び、朝を迎えました。
11日の朝を迎えると、少しずつ少しずつ痛みが強まり、徐々に子宮口も開きましたが、寝不足や疲れのせいで陣痛がうまく進まず、辛い時間が続きました。
ロッキングチェアに座ったり、廊下を歩いたり、スクワットをしたり…
あらゆる手段を使って陣痛を促す方法を試しました。
この自ら痛みを求める作業は、あまりにも過酷でした。
陣痛の合間には疲れ果て、何度か意識が飛ぶことも。(おそらく睡魔)
そして手足が痺れ、めまいも起こりだす始末…。
11日の昼ごろ。
陣痛の進みが遅く、さすがに促進剤を打とうかと検討され、再度子宮口の広さを確認したところ、ようやく8cm!!
もう少しだからと、自然に進行するのを待つことに。
ちなみに、先生が指を入れて子宮口の開き具合を測る内診は、毎回激痛でした。
この辺りまでは、陣痛の合間に話せる余裕があったのですが、ここからはひたすら「イタイ~~」と悶えながら夫の手を握る時間が続きました。
私が想像していた“痛さ”と違い、身体から出てきそうなものを我慢するという“辛さ”という表現の方が合っている気がします。
そして子宮口が10cmまで開いたところで、ようやく分娩室へ。
付き添いの夫は、両親学級で教わったサポート体勢をとり準備。
この時点でもまだ陣痛の間隔が広く、助産師さんが足首をマッサージして陣痛を促しながら、タイミングを合わせていきむことになりました。
驚いたのが、この時なんと助産師さんが一人で対応。
大勢のスタッフに囲まれると予想していたので驚きました。
隣の陣痛室でおもいっきり叫んでいた女性が同じタイミングで別の分娩室に移動した模様。
その人の、ナイフで刺されたような「ギャー!!」という叫び声が聞こえ、思わず「怖いんですけど…」と呟いてしまいました。
何度かいきみ、徐々に分娩が進行してきたところで、看護師さんや助産師さん、先生、研修生など、たくさんの人が入室してこられ、手術のような準備がされました。
それから数回いきむまでは、なんとか耐えれたのですが…。
赤ちゃんがなかなか出てくる気配が無かったようで、途中のいきみから先生が膣へ思いきり手を突っ込み、赤ちゃんを取り出そうとしました。
「痛いーーー!!」
初めて経験する壮絶な痛さに、思わず叫びました。
その後も何度かいきむものの、なかなか出てこず。
途中からは“もうどうにでもなれ!!”と、自暴自棄にも似た感情が湧きました。
激痛で辛すぎるのに、疲れや眠さに襲われ、いきむ間の一瞬で意識が飛ぶこともありました。
最後の数回は、いきんだ直後に過呼吸を起こしたり足が痙攣し、スタッフがあたふた。
「大きく呼吸しましょう!」という声が耳には届くものの、普通の呼吸の仕方がわからず。
苦しみながら「あと何回いきめば出てきますか?!」と先生に問いただした記憶が微かに残っています。
最後には麻酔して会陰切開を行い、数回いきんだあと、ようやく我が子が取り出されました。
一瞬、間があったあと、「ふぎゃーふぎゃー」と大きな泣き声。
「おめでとうございます!産まれましたよー!やっぱり男の子でした!」
その瞬間、夫の方を見て思わず握手!
意識が朦朧とする中、夫の細い目に涙が浮かんでいるのが見えました。
赤ちゃんの身体が整えられ、体重計に乗せられた後、夫が呼ばれて赤ちゃんと対面。
私は分娩台からその様子を見て、なんとも微笑ましく感じました。
先生が驚いた表情で、
「へその緒が結ばれた状態でした。こんな状態だと赤ちゃんに栄養が届きにくいのに、ちゃんと成長してくれてよかったですね!」
と報告してくれました。
直前の診察でも何も指摘されなかったので、びっくりしました。
残りは胎盤を取り出し、分娩台で休憩するだけ…と思いきや、なんと胎盤が出てこない!!
スタッフの誰かが「赤ちゃんだけでなく、胎盤までお腹の居心地がいいみたいだね~。」と和ごましてくれましたが、全然笑えない!
胎盤がお腹の中に張り付いていたようで、処置は助産師さんから先生にバトンタッチされ、先生の手が子宮口に突っ込まれ、胎盤が剥がしとられました。
この痛さも半端なかったです。
赤ちゃんが出てきた後も、まだ痛い思いをしなきゃいけないなんて!
“こんな処置するなんて聞いてないー!”と叫びたくなりました。
そしてその後、会陰を縫う処置。
外側だけでなく内側も切ったせいで、数カ所麻酔を打っての縫合。
後処置だけで30分ぐらいかかりました。
その間、夫は赤ちゃんを連れて外で待つ家族の元へ。
午前中に産まれると思い、待ちくたびれた親たちも、感動の涙だったそうです。
遠方からかけつけてくれた両親の声が分娩室まで響き渡り、嬉しさがこみ上げました。
産婦は出産後2時間は分娩台で休むことになっており、私は寝た状態で赤ちゃんが戻ってくるのを待ちました。
残っていたスタッフの方が分娩室から出ていかれ、ようやく夫が赤ちゃんを連れて戻ってきました。
初めての家族3人のひととき。
険しい道のりがやっと終わった…。
家族が増えたことへの感動がじわじわと湧き上がりました。
5年間、この日のために二人三脚で頑張ってきたパートナーには、本当に感謝の気持ちしかありません。
そして、
出産の壮絶さ
命が誕生するという奇跡
そんな現場に携わるスタッフたちの熱意
全て深く心に刻まれました。
いつかこの子が
「僕が生まれた時のことを教えて。」
と聞いてきた時、なんて答えてあげようか。
翌日からすぐに育児との戦いになると知りながらも、この時だけは幸せいっぱいの心地良さに、どっぷりと浸りました。