今回は、津田沼IVFクリニックで行なった4回目の移植についての内容です。
こちらのクリニックに転院してからの経過は、
1回目の採卵で胚盤胞を3個凍結。
移植の結果→①稽留流産(手術)②完全流産。③陰性。
2回目の採卵で胚盤胞を1個凍結。
→…今回は、これを移植します。
2回目の採卵では14個も採れたものの、胚盤胞に到達したのはたった1個という結果。
貴重な1個に賭けたいという思いでした。
今回も凍結胚盤胞の移植のため、ホルモン補充を行います。
まずエストロゲン(卵胞ホルモン)製剤を使用。
内膜が充分な厚さに育ちエストロゲン値も200以上と確認できたら、排卵日を設定し、その日からプロゲステロン(黄体ホルモン)製剤を追加します。
凍結胚は5日目胚なので、排卵日と仮定した日から5日後に移植します。
D3:エストラーナテープ開始
スケジュールに沿って一日置きに2枚貼り替え。
D9:テープを4枚に増やす
D13:テープを6枚に増やす
D15:受診 内膜とホルモン値を確認
テープを4枚に減らす
ワンクリノン膣用ゲルを追加
D19:移植
補充するホルモン剤は、これまでの移植周期でもしっかりと効果が現れたという理由から、いつもと同じ薬を使うことになりました。
D15に受診した時点で、内膜は9.5mm、エストロゲンも325.6と順調だったので、予定通りの日に移植することに決定しました。
ただ、初回や2回目と比べてエストロゲンの数値が低いため、前回同様にエストラーナテープは4枚で続けるようにと指示がありました。
移植当日。
いつも通り、まずは培養士さんに移植する胚盤胞の融解前後の写真を見せてもらいました。
今回移植するのは2PN由来の5日目胚:4BBです。
融解後は「中身が膨らんできて良い状態」とのこと。
前回はこの時点で「胚盤胞が収縮している」と指摘され落ち込んだので、ひとまず安心しました。
移植はいつも通りの手順で行われました。
このクリニックに来てから移植時の痛みは全く感じなかったのですが、なぜかこの時は少し痛みがありました。
先生に「力を抜きましょうね。」と言われ、その後はスムーズに進みました。
妊娠判定は、採血か尿検査か選べるのですが、今回も尿検査を選びました。
BT9
判定日を翌日に控え、自宅でフライング検査。
結果、かなりうすーい判定ライン。
今回はほとんど体調変化を感じていなかったので、薄くても陽性が出たことは嬉しかったですが…。
“この薄さでは厳しそうだな。”
またしても曖昧な結果となり、これまでの流産が頭をよぎりました。
BT10
判定日当日。
クリニックで尿検査を行った結果、先生の口から出た言葉は、
「陰性です。」
検査薬のラインは薄いものの、目視はできる程度。
昨日の結果を伝えた上で陽性の可能性は無いかと聞いてみたところ、
「一度着床はしたけれど、hCGが下がってきているのかもしれない。」
「病院の検査薬は良いものを使っているので、4週でこの薄さではおそらく無理です。」
とのこと。
もし諦められないならもうしばらくホルモン剤を続けてもいいと言われたので、お願いして処方してもらいました。
前々回も同じパターンでしたが、その時は黄体ホルモンをワンクリノン膣用ゲルからデュファストン錠に変更しました。
でも今回はワンクリノンのまま処方してもらえたので安心しました。
高い金額を払ってでも、陽性の可能性を信じたかったのです。
なかなか結果が出ないせいか、いつも前向きな先生が今回は首を傾げていました。
「33才という年齢を考えると、そろそろ成功してもいいはず。凍結できる卵も少ないので、体質に問題が隠れているのかもしれません。」
可能な検査は行ったし、食事や睡眠も意識して生活しているのに…。
先生の曇った顔を見て、私の心もどんよりしました。
BT11
市販の検査薬を使って自宅で判定。
結果は陰性。
二日前に薄く見えた判定ラインは、ほぼ見えなくなっていました。
さすがに諦めがついて薬は終了。
“また採卵からスタートか…”
唯一残った胚盤胞の移植周期が予想以上に呆気なく終了となり、かなり落ち込んでしまいました。
ふと昨日の先生の言葉を思い出し、
“私が赤ちゃんを抱く日は来るのかなぁ。”
と押し寄せてくる不安の波。
時間を割いて通院しても、
どれだけお金を払っても、
何度陽性判定が出ていても、
…今、私のお腹に赤ちゃんはいない。
“出産は夢で終わってしまうのかなぁ。”
あえて目を背けていたもう一つの生き方を、想像せずにはいられませんでした。
落ち込んだ私を見兼ねた夫の提案で、翌日の土曜日は横浜の中華街へ。
“治療のことを考えたり悩むのは少し休憩!”
そんな夫の気遣いが伝わり、嬉しく感じました。
大好きな中華を目の前にすると食欲全開!
お腹がはち切れるほどやけ食いしました。